Riddance

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雨の日の電車は、傘の分だけ荷物がかさばるのか同じ時間帯でも少々混んででいる。進むペースも心なしかゆっくりしており、駅の間で減速、停車することもよくある。途中駅でトイレに駆け込んで戻ってみると、混み具合に拍車がかかっていた。
その駅を発車すると、列車は次の駅の手前で止まった。いつものように先で列車が詰まっているかと思いきや、いきなり車中の明かりが消え、非常灯だけとなった。これは珍しい。案内ディスプレイも落ち、空調も止まった。非常放送の電源は生きていたのか、車輌火災であるとの案内があった。


そこからが酷かった。ただでさえ込み合う電車に、傘の滴と乗客の体温が混ざり合って湿気がたまってゆく。サウナほどではないが、窓を全開としても結構な体感温度となるまでにそう時間はかからなかった。準備が整い次第、線路沿いに最寄り駅まで誘導するとの放送はあったが、余程の混乱があったのかそのまま30分近く缶詰は続いた。その頃までには当初の「車輌火災」は「沿線の変電所火災」と訂正されてはいたが、いずれにせよ車外でただならない事態が起こっていることは容易に想像できた。
その間にも目の前で脂汗をかいた方々が次々と倒れていく。手馴れているのかはわからないが、周囲の方々が即座に応急処置にあたっていた。程なく担架が到着し、車外へ運び出された。
車外に脱出できたのは、停止から40分少々が経過した後のことである。倒れた方が運び出された扉が、そのまま脱出口となった。が、扉の先は1メートル近くの段差であり、足下は石が敷き詰められている。梯子の類などあるはずもない。最初に脱出した方が、そのまま後続の車外脱出の手助けに回る、といった図式で乗客は少しづつ降りていった。そのそばから担架を抱えた駅員が走り回っていたが、その駅員に誘導しろと怒鳴り散らす輩も約一名。非常時というやつは人となりを炙り出す作用もあるらしい。
線路を歩いて最寄り駅のホームに上ると、煙こそ見えないものの、消防車の灯りの中からきな臭い香りが漂ってきた。コンコースは一部で入場規制がかかるほどの混乱ぶり。どのバス乗り場へつながるのかわからない位にまで伸びた行列の脇をすり抜けて駅の外へ出ると、駅前には消防車と救急車、そして長い渋滞の車列があった。上空にはヘリコプターまで飛んでいたが、AMラジオで今回の一件の情報が全くといって良いほど流れてこなかったところをみると、火災とそれに伴う列車ダイヤの乱れに関しては、大したことはなかったらしい。
期せずして今朝は防災訓練のようなものとなったが、直前の駅でトイレに駆け込んでおいたのは、不幸中の幸いだったに違いない。