これは記憶の彼方より蘇った教養科目のノートのかけらである。
[おしながき]
* 記憶にございませんのナゾ
* 記憶の動作に迫る
* 暗記のナゾ
* よりしっかりとした暗記のナゾ
* おまけ・スローモーションのナゾ
なお、私はその分野の専門家ではないため、以下の内容についての質問に的確な回答を返すことの出来る保証はどこにもないことを付け加えておかねばなるまい。以下はあくまで教養の範囲内、である。
(以下、ノートのかけら)
《おまけ・スローモーションのナゾ》
酒の席などで事故ったネタを話している際「周りの景色がスローモーションになって見えた」という話を聞く。ペーパードライバーながら私もそうだった。それは、通常の記憶と事故が起こったときの記憶の「保存状態」が違っているからだそうだ。
まずは、Lintonの実験レポート(1982)から。
1. 6年間、その日に起こった出来事を2枚のカードに書き留め
2. 月に1回、カードの中から適当に2枚を選び
3. カードに書かれた出来事の前後の様子を思い出してもらう
という実験を行った。その結果の一部を抜き出してみると・・・
* 「校舎建設のための会議に出た」→前後の様子まではっきりと覚えていた
* 「コンピューターに新しいソフトをインストールした」→出来事としては覚えていたが、日時などがよく似た様な話と混ざって記憶されていた
* 「ひじきを煮た」→まったく記憶に残っていない
となった。ここから判るのは、「忘却のされかた」である。
まず、全く記憶に残っていなかった「ひじきを煮た」という話から、内容がさほど重要でないと判断された物はさっさと忘れられていくことは容易に見当がつくであろう。
続いてよく似た話とまぜこぜになった「インストール」の話からは、よく似たような話が多数ある物については「共通点」だけが残って「状況特定のための手がかり」から忘れられていくことを読みとることができる。
これを逆に見ていくと、記憶の「保存状態」がわかるという。通常の記憶は「意味記憶」「エピソード記憶」に分けることができ、それぞれ記憶を呼び覚ますキーとなるものが違うという話。
記憶を「いつ(時)」「どこで(場所)」「何が起こった(内容)」からできているものとすると、意味記憶は「何が起こった」およびその手がかりを保存することに重点が置かれていて、「エピソード記憶」は「いつ」「どこで」を保存することに重点が置かれた形になっている。
では、それぞれの記憶スタイルについて似たような出来事との遭遇回数と、記憶の強さをグラフにしてみるとどうなるか?
![[image]](/meta_img/metro/20030327_0002.gif)
まず「エピソード記憶」が遭遇回数を重ねる度にその強さを下げているが、それは「いつ」「どこで」といった、場面を特定する鍵が膨大な数になって個々の出来事の特定が難しくなるからと言われている。
その一方、「意味記憶」は遭遇回数を重ねる度に「よくある出来事」としてより強く記憶されている。
日常の記憶は以上で説明がつくとされているが、事故などの緊急時にはこれとは別の記憶動作が行われているという。
その動作とは「フラッシュバルブ・メモリー(閃光記憶)」と呼ばれている。
主な特徴を挙げてみると次のようになる。
* 写真のように極めて鮮明
* 通常よりもより詳細に記憶される
* 普通は目でとらえられないような動きもとらえられる
* 記憶の内容には色の情報がほとんどなく、白黒に近い
このような記憶動作は、事故のような緊急時に身の安全を守る必要がある時に発動するとされている。記憶されるスピードが再生するスピードより速くなるため、あとで思い出してみるとスローモーションになって見えるというしかけ。身を守るために最低限の情報を、最大限の精度で得ようとすると、このような形になるそうだ。