光陰矢のごとし。ぼ~っととしていると、いつの間にやら秋になり、冬になる。「晩秋は別れの季節」などとはいうが、そんな「こいばな」とは無縁の世界もどこかには存在する。
私の住んでいる寮では、年に何度かバカ騒ぎをやっている。そのうち最大のものが毎年11月の終わり頃に行われている、寮祭だ。2週間に渡って寮の住人達が日頃ためていたエネルギーを発散させる。そこそこ男臭い。
『第1ラウンド:御輿行列』
まずは手作りの御輿が長野市内を練り歩く「御輿行列」。ちょっとした景気づけだ。4階建ての寮の住人達は、行事などの際には階ごとに行動することがよくある。御輿行列で登場する御輿も、階ごとに結成されたチームごとに1台づつ作り、練り歩く。
しかし、御輿といっても普通の御輿であるわけがなく、筏風のものあり、プロレス・ボクシングのリングをかたどったものありと、およそ御輿とは思えないようなものが出そろう。土台だけ作っておいて、着飾った人が上に乗って完成する御輿もあった。
御輿のかつぎ手も、大半が仮装している。アントニオ猪木に変装した人もいれば、「御輿の部品」となる人たちもいる。シャンパンかけのあと景気付けに軽く酒を飲み、いざ出発。
寮はオリンピックのアイスホッケー会場にもなった建物の近くにある。そこから市内の中心部を北上し、駅を挟んだ反対側にある善光寺を目指す。途中には数カ所ほど、場所の定まらない関門が待ちかまえている。そう、酒だ。
途中御輿に乗ったり、寮祭のスポンサーになってくれている商店などを回ったりするのだが、その間にも沿道から酒の差し入れが入るので、若手の寮生を中心にすこしづつできあがっていく。私も揺れる御輿に乗りながらテンションを上げてゆく。
中間地点につく頃には何人かリタイア。普段は自転車で5分とかからない道のりなのだが、声を張り上げ、人を乗せたまま御輿をかついていくのでかなりの体力を消耗するのだ。
しばらくの休憩の後、再び出発。駅を抜け、街の中心部へ入る。実は「ここからが本番」という人たちもいる。この日は週末。時間的にはそろそろ2軒目、という人たちが多い。そんな人たちの中にはもちろんきれいなお姉さん達がいるわけで・・・・。
このテの人たちを見ると必ず声をかけてしまう寮生が多い何の。癖なのかはたまた男の性なんだろうか、見ていて思わず吹き出してしまった。声をかけられる方も、突如現れた男の集団にはしゃいでいたようだ。一緒に写真撮影をする集団、約数組。
突如、私の乗っている御輿の揺れが激しくなった。女性、殊にきれいなお姉さん達を見ると、若い男、いや野郎どもは景気がよくなる。危うく落ちそうになったではないか(笑)。
そしてさらに勢いをつけむとばかり、酒を勢いよく飲んで自爆する者、若干名。酒で勢いが頂点に達したかつぎ手達が御輿を勢いよく揺らしているうちに、御輿が豪快に倒壊。乗っていた後輩が、勢いよく落っこちていった。しかしこれで勢いが止まるはずがない。
そんな光景を4~50代くらいのおじさん達が笑いながら眺めていた。時折声援も聞こえてくる。若い頃に寮に入って同じ様なバカ騒ぎをしていたに違いない。目がやけに楽しそうだったのが印象に残る。そんなふうにして道行く人たちとふれあいながら、御輿行列は終点の善光寺に着いた。
が、本番はこれからだった。バカ騒ぎの大トリ、「善光寺参道ダッシュ」が待ちかまえていた。壊れた御輿をかつぎながら、善光寺の参道をひたすら走る。
そして全力を使い果たし、若き寮生たちの夜は終わっ・・・・っていなかった。酒をしこたま飲み、勝手に一人で帰ってしまった輩がいた。寮へ戻った後急遽捜索隊が編成され、長野市内を探し回る。このころには夜もすっかりふけていて、かなり外も冷え込んでいた。「凍死してるんちゃうか?」などといった心配の声もちらほら。
と、そこへ電話が入った。行方不明者無事保護とのこと。ほっと胸をなで下ろす寮生一同。今度こそ本当に終わった。そして善光寺近くにある別の学部の寮に壊れた御輿を一時預け、寮生達は打ち上げ会場へと消えていった。
しかし、御輿行列はほんの景気づけにすぎない。(つづく)
Rec/Mix:1998-12-25