「PC-UNIX」やってみない?
という悪魔の囁きに導かれるまま、購入してからまだ1年とたたない愛機にFreeBSDをインストールし、Windows95と共存させようと画策したが、
あ゛・・・ディスクに空きがない
ということで「悪魔の足」は一時止まった。ディスクの空きを作るべく、まずはなけなしのお金をはたいてZIPドライブを購入し、よく書き換えたりするもののうち、フロッピーに入りきらないサイズの文書を移すことにした。MOは大容量なのがいいんだけど、金が・・・・・。
購入したその日の晩にドライバーのインストール。幸運なことに何も見ないで行うことができた(勝手にやってくれた)。でもって、早速再起動をかけてみたら・・・・・
CD-ROMが消えている
加えてSAFEモードで立ち上がっているではないか。いろいろ調べてみたら、ZIPドライブとCD-ROMドライブが同じDドライブになっていた。なんでや~!
てなわけで手探り&行き当たりばったりでドライブの割り当てを変更。果たして・・・・ということで再び再起動してみたら、今度はうまくいった。所要時間約30分。やれやれ、これで使える。
しかし、退避させるべきデータはZIPディスク1枚に収まる訳がない(その1参照)。たくさんのディスクに分散させとくと何かと面倒なのでCDを焼くことにしたのだが、ZIPドライブの購入で財布がひーこら言っている人間にそんな豪勢な設備を購入できるわけがない。しかし研究室にはあるやんけということで
・愛機にLANカードをさして、
・研究室のLANにつないでデータを転送し
・CDを焼く
ことにした。でもやっぱしそれなりの準備はいる。研究室からLANカードを借りてきて、またもやドライバーをインストール。
するまでもなかったようだ。LANカードはプラグ&プレイ対応なので、勝手にドライバーがインストールされるはずなのだが、うまくいってくれない。それもそのはず。ディスク容量の節約のため、ノートについてきたCDにも入っているアーカイブ(通常は”\windows\option\cabs”に入っていたかなぁ)をハードディスクから消してしまったことをす~っかり忘れていた。
それに気付くまでにたいそうな時間を消費してしまった。が、気付いた後はサクサクと進んだ。灯台下暗し・・・・・だなぁ。あっはっは。サクサクと設定をすませてLANへの接続は完了した。
でもって研究室のコンピューターへファイルを転送。恐ろしいくらい快調に進む。とっても早いの何の。でもってノートに入っていたデータの転送は完了した。転送したデータの数々は、圧縮をかけたにもかかわらず250M近くに上っていた。
一部のファイルを圧縮から解放し、元に戻す。今回焼こうとたくらんでいるのはバイトで作っていたホームページのバックナンバー復刻版なのだ。CDに焼きつけても、そのまま見られるようにする・・・・はずだったのだが
CDがISOフォーマットでしか焼けない
らしい事がわかった。ISOフォーマットでしか焼けない、即ちファイル名が「8・3」に制限されることを意味する(M$-DOSの如く)。HTMLファイルの拡張子のほとんどが「.html」と4文字になっている現状ではかなりの致命傷だ。加えて、一部受け取り忘れていたデータも若干存在した。これらを解決し、CDが焼けるまで、やっぱりFreeBSDのインストールはお預け・・・である。
こんなことやってるからますます秋は深まっていくのだろうか?(笑)。
秋風が身にしみる。(つづく)
Rec:1998-10-25/Mix:1998-10-28