長い長い昔話(3)-やっぱりマネから入るもの?-

いやぁ~っっ、疲れた。
というのも、本日は朝早く家を出て、電車に揺られて富山へ行き、到着して昼飯を食べてすぐに農作業。重さ30キロくらいはある米袋をどれだけ運んだかわからない。しかもそんなことを夜8時頃までやっていたもんだから、胃からも汗が出尽くしてしまった次第(どういう意味じゃ)。
晩飯とも酒盛りともつかないようなことを終え、妹以外皆寝静まり、ようやく「やりたいこと」ができるようになった(^_^)。
ここんとこ平日は食堂バイト、週末は富山で農作業手伝い・・・という生活を送っていて、いつネタをまとめる時間があるのかとお思いの方も、アクセスした方の何%かはいるものかと・・・・・????????


時間はさかのぼって、本日の11時頃・・・・・・・・・
現在位置は電車の中。直江津を出た電車の中程でテーブルをおっぴろげ、傍らでコーヒーを冷ましつつノートに書き込みをしている我輩。
今回は奮発して特急に乗っている。傍らのコーヒーは普段めったに利用しない車内販売で買い求めたものである。しかもホット。何故?
夏はとっくに過ぎたのだが、車内の冷房は相変わらず快調に動作しているのか、時折20度台中程から前半あたりにまで冷えていることがあったりする。冷房といえば木陰といったところで育った我輩にとって、残暑厳しい(?)外と車内の温度差はけっこう厳しいものがある。スーツ着た人たちにはちょうどいいらしいけど。
こういった、長袖Yシャツを着てもまだ寒い時にあったか~い飲み物があるといいんだけど、自販機という自販機はまだ冷たいのばっかり。ホットコーヒーは?・・・となると、車内販売か、喫茶(飲食)店か、自分で入れるか、はたまた血液センターの無料コーナーか・・・・・といったところしか今の時期はない。
早いとこ出ないかな~? ホットコーヒー。
をっと。コーヒー談義で文章が脱線転覆しているではないか。それでは「長い長い昔話」の続きをどぉぞ。
~(3)やっぱりマネから入るもの?~
今のサイトの前身「Fuji-P’s homepage」を初めて以来、最初のうちはテキストのみの簡素なページをの~んびりと更新していたのだが、各所のWebサイトや、都の西北の師匠のサイトを見ているうちに欲らしきものも出てくる。
ということで「ソースファイルをのぞく」といったことをいつのまにかするようになっていた。ついでに一部のサイトからはソースをファイルごと拝借し、タグの所をいぢくったらレイアウトがどうなるかなどを試す、といった風にして自分で使えるタグの種類を増やしていった。
そのうち、うろ覚えながら「おもしろそうな」機能のタグを自分のサイトにも少しづつ取り入れていき、ようやく背景に色を付けることができた。
はじめのうちは、本も何も使わずに覚えていたのだが、しだいに覚えるのが面倒くさくなってきた。そこで、ちょっとしたHTMLタグ辞典を買う。手のひらサイズである。
その後新しいものと入れ替わり、現在では使わなくなってしまったタグ辞典だが、フレームを使ったページを作る際には非常に重宝した。
このフレーム機能、見に来る人が作った人の意図に沿ったリンクのたどり方をするとは限らないので、うまくリンクのつながりを考えてやんないと、リンクのたどり方によって表示がしっちゃかめっちゃかになってしまったりするという、非常に奥の深いものである。
と、同時に当時はまだ多数存在した(と思われる)フレーム未対応のブラウザー対策も盛り込んだもんだからさあ大変。現在知っているタグの中で、使いこなすのに一番苦労したのがフレーム関連のタグかも(実際98年10月のWhite Wingの誕生までこれらのタグの使い方には悩まされた)。
フレームと同時にJavaScriptもかじり始める。拝借したソースファイルの中にCとよく似たプログラムがあるのを見つけると、早速自分のサイトにも組み込んでみる。・・・・と、ブラウザーの下の端(ステータス行)に文字が泳いでいるではないか
そんなことを繰り返しながら、あるいは試行錯誤を繰り返しながらプログラムの中身を理解していき、特にステータス行に文字を流すプログラムを使って「欄外記事」を出してみるといったこともやっていった。
ま、その後ステータス行へのJavaScriptでの文字の表示は、リンク先URLや警告などのブラウザからのシグナルがわかりにくくなるという大問題を知り、フォーム入力ボックスへの表示へ移行し、最終的にはプログラムを使わないページになっていったんだけど。
技術面以外でも変化がちょっとあった。いろんなサイトを渡り歩いているうちに、素材集サイトの存在を知り、フリー素材集のサイトからいただいてきたボタンやロゴなどをはりつけてみたりし出した。
また、このころから都の西北の師匠にスキャナーの使い方を教えてもらったり、ときたま師匠に取り込み&加工をしてもらった画像を張り付けたりも始めてている。
こうして外見もちょっとにぎやかになり、ネタの方も順調に増えていき、コーナー・ファイル・ディレクトリの数も着実増えていった。
書くことにも慣れてきた。アナウンサー(?)時代の経験と、片手間にやっていた情報誌の編集長の経験がいい意味でうまいことぐじゃぐじゃになってきたのか、文章を組むスピードも上がってきた。
このようにして1年くらいがたち、フレームの組み方もようやく様に(いろいろは順序でのアクセスをされてもいいように)なってきた。
そして時は97年10月。一大転機が訪れる。師匠からサーバーの管理人を引き継ぐことになったのだ。(つづく)
Rec/Mix:1999-9-18