改札抜けても気は抜けず

朝9時。駅ビル内の喫茶コーナーにてダージリン片手に何をするともなく列車を待つ。
今日は平日。実家は普通にお仕事の日ということで、既に誰もいない。
発車まで軽く1時間半はある。土産物の目星は既についている。白海老の入ったもの…煎餅辺りが日持ちを考えると適当だろう。北陸限定と銘打った菓子によく入っている蟹が、北海道から山陰までの広範囲で採れる代物…といった単純な落ちにはまることもあるまい。魚を始めとした生の食材ならば土産になりそうなものが多数あるのだが。


この場所で時間を潰すのは約2年振りになる。7,8年程前から何度と無く足を運ぶが、2年の間にまた変わってきた…様な気がする。殊に待合室の人口構成が。
その駅は、2000年の国体を機に大きく様変わりした。
当時、某駅の待合室は2階と1階に計2カ所あったのだが、以前はどちらもカップ酒と汗の臭いが酷かった。そういう方々に半分方占拠されていたようなものだった。
で、国体を機に2階の待合室の全部と1階の2/3を潰してそこへテナントを入れた。今いる喫茶スペースも元は待合室だった所だ。また、他の隙間という隙間にもコンビニやおにぎりの店が入ったりなど、随分と賑やかに、明るくなった。少なくとも自分が沖縄へ移る前迄は。
2年後、戻ってきてみれば、まだ割合が少ないものの待合室に汗臭さと酒臭さが戻りつつある様に見える。
不景気がどうの某政治家がどうのと模範解答を並べるのは勝手だが、観光地の玄関口がこれでは拙い。旅に一家言ある方々等、旅行客の印象を悪くしかねない。
どこかに良い知恵はないものか。いっそのこと適当に壁の仕切り方を変えて、改札の中から出入りするようにしてみるのはどうだろうか。禁酒の待合室、というのもよさそうだ。既に越後湯沢の待合室はそうなっている。
某文学作品宜しく癲癇を取締るわけでもないし、手軽に出来そうな気もするのだが。
さて、改札を抜けても気は抜けない。長距離列車の中は幼稚園と言っても支障有るまい。静けさも今や素敵な贅沢品になった。
帰省シーズンはもちろん、そうでなくても電車の中で子供が五月蠅かった。泣く。騒ぐ。歌う。極めつけは足で折り畳み式テーブルを弄り、音を立てる。何が555になれますようにだ。
眉間に皺を寄せる者、舌を打つ者、咳をして親に注意するよう促す者。しかし、親は注意すらしない。ケータイなり、鏡なり、小さな画面に夢中だ。
こういった親に注意しても効く筈もない。旅の恥は掻き捨て。だが、迷惑千万。
ならばグリーン車に乗ればよいのか…五月蠅い子供…いや餓鬼に遭遇せずに済むだろうか。
経験上の話になるが、これも外れだ。寧ろ適度なアルコールの方が効果がある。
折角の快適な列車の旅も、たった一人の五月蠅い餓鬼で簡単に破壊できる。放っておけば餓鬼は騒ぐ。どれだけ騒いだところで灰になって消えることもない。
ならば「子ども禁止」の車両を作れ、という声を揚げる方々もいる。禁煙車に倣って「禁子供車」とでも言うのだろうか。面白いことに同様の提言内容のサイトが結構存在する。
ところで、最近は餓鬼以外にも音源が存在する。背広を着た幼稚園児に、「おばさん」と呼ばれる幼稚園児に、彼等の持つ小道具、携帯電話等々。ケータイと違って、「携帯電話」にはマナーモードが存在しない。通話もお構いなしだ。そういえば、車内放送も迷惑の槍玉に挙がることもある。過度の酔っ払いは言うに及ばず。ヤクルト御一行様の件もあった。新成人という新生児もいた。沖縄の自称新成人は文句無しの代表格といえる。問題山積。
解決案がないでもない。既に実体化しているが、山陽新幹線の「サイレンス・カー」だ。この車両、乗客に静かな車内環境作りへの協力を呼びかけるのはもちろん、車内販売の案内や非常時以外の車内放送もカットだとかで。
大抵は6両以上連なっている長距離列車の中に、1両ぐらいはそんな車両があってもよい。好評ならば自ずと増えることだろう。禁煙車もそうだった。
「禁子供車」の行方は定かではないが。