142KP

BGMにかけていたテープがのんびりとTHE ALFEEの「Musician」を流していた。
突如目の前が白くなり、咄嗟に身構える。何が起こったのか、その時点では異常事態ということ以外まだ理解できていない。
サークルの合宿で長野から伊豆へ、車2台に分乗して深夜の高速を走っている途中の出来事。
車は既にコントロールを失っており、タイヤの悲鳴に男と女の叫び声がする。その少し前に右後方から「危ない」という男の叫び声もあったようななかったような。目の前の煙のせいか、視界は色を失っている。やけに速度が遅い。ここは高速道路の筈だが車線らしき物は目に入らない。真っ直ぐに走っていないだろうという感触はしていたが、車が止まるまでは何ともしようがない。


直後、目の前にエアバッグが展開され、ようやくそれが「事故」であることを認識できた。
暫くして車は路肩に止まった。目の前にはコンクリートで固められた斜面。進行方向左側の路肩に止まったのは幸いだったか。
助手席で胡座をかいていたのもどうかと思うが、シートベルトを外しつつ靴を履いてドアを開け…エンジン音が変だ。車から脱出した途端に爆発…そんな予感がしたのか、殆ど反射的に「エンジンを切って!」 TVの見過ぎ…
ドアを開けると、斜面の上から人の声。その声の方向は丈の長い草むらだったが、構わず登る。喫茶店らしき建物があり、そこから出てきた方々から声をかけられた。とりあえず無事です…半ば興奮状態。
程なく救急車が到着。近くの陸橋に移動しつつ断片的な記憶を引っ張り出して数分前の状況について話をしていると、運転手の悲鳴…。
眼下には乗っていた車が後続のトラックに吹っ飛ばされるのが見えた。路肩へ斜めに突き刺さっていた車の後部にトラックが激突。後部ドアが一昔前のオーブントースターの如く開き、中の鞄諸々が路面に放り出されていた。この際、こうなってしまっては、どうでもよいのだが。
自覚症状は何とも無かったが、とりあえず病院で検査をするということで救急車へと案内され、病院に移動。サイレンをならして走る救急車に乗るのは、恐らくこれが初めてだ。車中で簡単な問診があったが、運転手が顔面を打って鼻血が出ている他は特に異常が無いようだ。念のため病院到着後に医師の診察を受けることになるが、結果、異常なし。
程なく警官が到着。脱出後のトラックとの衝突で路面に散乱した荷物類を回収してきたとのこと。中身を確認したが、無くなっている物はなさそうだ。布製のバッグだったが、破れもない。
取り急ぎ先発車に連絡を入れねばなるまい。
警官に病院までの道を聞く…近くのインターの係員が周辺の地理を心得ており、先発車の運転手には「インター出口の係員に聞けばよい」と伝えておけばよい…との返事だった。たぶんそれが確実なのだろう…。
運転手は買ったばかりの新車がお釈迦になったショックで動けず、後部座席の男も事故の心理的衝撃で何もできず…私の仕事らしい。
二人を診察室脇のベンチに残し、受け取ったばかり鞄の中からテレホンカードの入った手帳を取り出して公衆電話を探す。
先発車の運転手が持っている、一行唯一の携帯電話にかけると、先発車は一つ先のサービスエリアで休憩を取っており、後続を待っていたとのこと。事故があったとの情報を得ていたが、よもや後続車が事故に逢ったとは思っていなかった様子。
これは後日談になるが、事故の連絡を入れた後で先発車は折り返してきたのだが、3人の乗ったその車の中の光景は、焦る運転手を助手席がおさえ、後部座席では鼾をかいて寝ていたという。これくらいの落ち着きは必要…なのかは定かではない。
30分程経過し、先発車が到着。大きな怪我がないことを互いに確認し、一息をつく。
残るは警察および道路公団での事務手続きとなる。深夜ということもあり翌朝まで待つことになったが、周辺に宿らしき物はなにもない。結局近くの駅前駐車場で夜明かしとなる。明け方頃になるだろうか、長野から留守番部隊が到着。
夜が明けた。警察で状況の再確認と事故処理手続き、インター脇の道路公団事務所で最寄りまでの通行料金の精算および事故で破損したガードレール修理の手続きと、回送されてきた事故車輌の確認があった。
車はトラックの追突で左側面後部が大破しており、中まで歪んでいる。話によると脱出が遅れていれば後部座席は即死を免れないとのことだった。不幸中の幸いというべきか。
中に水筒等の小物が散乱しており、回収。さすがにテープは無理だが、もはやどうでもよい。
これで粗方の手続きが済んだが、事故車の運転手は保険の手続き等があるためもう少し留まることとなる。
合宿地伊豆へは残りの面々で向かうこととなったが、残った車1台に全員は乗りきれず、先発車に乗れるだけ乗った残りは列車を乗り継いで伊豆へ向かうこととなった。

中央高速東京方面 八ヶ岳PA出口 142KP…あれは7年前の出来事になるが、今でもその場所を忘れるわけにはいかない。
私は何をなすべきだったのか…。少なくとも後悔の類ではないが、引っかかるものがある。