一人上手と呼ばないで

最近の小生の休日は・・・・
08時:飯の炊ける匂いで目が覚める。そのまま朝飯。飯と味噌汁のみ。
午前:家事諸々。時折大掃除。
12時:昼飯。一汁一菜。
15時まで:休息等々
夕方:自転車で2~3時間ほどお散歩。大抵首里城付近へ登ってそこから一気に坂を駆け下りあとの行き先は車輪に聞いてくれ状態。(日によって帰りに買い物)
19時頃:晩飯。一汁一菜。
寝るまで:予め巡回ツールで読み込んでおいたサイトを斜め読みしたり、雑文書いたり、風呂入ったり。メール見たり。


24時頃:床につく。
・・・・とこんな感じなのだが・・・・
一言も発していないではないか。今日も。
ここ琉球では、外へ出ると腕の毛の濃さ、顔立ち、名前の読み方が琉球スタイルでないと、観光客でない限り珍獣を見る目が待っている。観光客でない限り。あ、これが日本人のGaijinを見る目なのかねぇ。
日によって終日部屋の中ということもあるが、それでも体を壊すことなく一通りの日常生活が過ごせるたぁ便利な世の中になったものだ。・・・・こらこら。
万一聴覚及び発声機能がイカレても特に支障なさそうな錯覚さえ覚える。・・・こらこら。
琉球に来て以来、短期滞在を前提に人間関係を中心にかなりのものを本土に置いてきたこともあってかこういった生活パターンを送ることが多い。外には出るが人と顔を合わせる事が殆ど無い。
近所付き合いなど存在しない。それ以前に私が部屋にいる時間帯はご近所に人がいない。ご近所さんが家にいる時間は私がいない。時折早朝に大家さん・・・いや御隠居と顔を合わせるくらいか。新聞がポストに溜まっていることで異常事態に気づくというネタもあったが、新聞・・・あまり見なくなりましたねぇ。チラシがポストにたまっていても何も起こらない。チラシでは駄目なのだ。
年を重ねる毎に自分以外との他人との距離が伸びている。「でi-mode」の類に手を出したことはないが、ケータイの電源を入れないと話ができない人が増えてきたのは確か。ケータイといい、webといい、様々なコミュニケーション・ツールが登場しているがコミュニケーションの絶対量がここ半年で激減した。そろそろ過去にオフラインで接触のあった人達の記憶からかなりの割合で抜け出せたかねぇ。独身貴族を通り越して孤高の荒鷲(こらこら)。
・・・となってくると相対的に増えてくるのが勧誘・広告の類。
かくいう小生は宅配業者を丁重に歓迎し、新聞の勧誘は丁寧に断り、宗教の勧誘は手荒に追い返す。多少脚色有り。
訪れるのはその程度だが、数だけで言うとダントツ。メールも同様。尤も、大半は見出しだけ見て捨てるので詳細は不明。懲りずに届きますねぇ。Outlookからのウイルスメール。
ま、華も荒らしも一通り踏み越えていますんで、驚くほどのものではない。
勧誘の電話はいつも通り適当に煙に巻き、時折受話器を置いたまま放置し、反応を楽しむ・・・本来の電話の機能とはほど遠い使い方をしている・・・・。
・・・とまあ、人付き合いと非常に縁遠い生活をしているが、生活に不便を感じない。自分が社会の一員として機能しているか疑問も湧いてくるが、斯様な生活スタイルが増えていると風の噂に聞く。ま、奇特な方のボランティアの類が近年急速に発達してきているので世の中全体としては釣り合いはとれている鴨。
近所にはホームレス&予備軍(空き缶漁っている人達なんか多分そうじゃないかなぁ)を多数見かけることもあり、物珍しさを感じなくなってしまった。
都市部に限らず人間関係の稀薄化も一頃のようにさほど問題視されなくなり、年寄りの孤独死とて「ふーん」。
それでも違和感を感じることなく、特に気に掛けることなく一通りの日常生活が過ごせるたぁ便利な世の中になったものだ。・・・・こらこら。
対策はどうした。いや、傾向と対策はセットで、か。