小生、学校、特に教員の大半は嫌いも嫌い、でぇ~っっ嫌いぶへーくしょだが昔は学校の図書室にあるお子さま向けSF(なぜか洋モノが多かったような気がする)をよく読んでいたが、いま思えば結構その中身は、良く言えば楽観的、悪く言えば適当だったのかなーと。
書いた本人は本気でそうなることを確信していたのか、はたまたこんなこといいな、できたらいいな♪っつー軽いノリだったのか、ひょっとして適当だったりして(笑)。
にわかには信じ難いが既に21世紀。どうも実感が湧いてこない。車は未だ地に足が着いているし、車輪もまだある。人々の服、特に肩の部分にはリングが付いていない(笑)。むしろ衣服というものは部分的にではあるがなくなりつつある(笑)。
鉄道は進化しつつ生き残っているが、昭和という時代は123年の半ばを過ぎた64年で終わってしまった(謎)。タイムマシンは未だ現れず、代わりにタイムカプセルなんてのがよく出てくる。兄弟分としてストレージにアーカイブなんてのもたまに見かけるね。
そういえば、SFでおなじみ(?)の最強兵器、「原子分解砲」はどこへいったんだろうか。中東を中心にそれに勝るとも劣らぬ汎用人型決戦兵器は出現しているが。一時期日本近海にも出現したらしい。
未来予想図は結構いい加減なものだったのか、SFで描かれていたもののなかに、そのまんまの形で実現したものをあまり見かけない。それどころかものを描くSF自体が今やSexual Fantasyに形を変えてしまったらしい(笑)。Samurai Ficsionは時折TVなどで見かけるが。あ、忘れちゃいけないSan Francisco(笑)。
予想図を描くのは大いに結構なことなんだろうけど、その際地に足のついていない願望を織り込むは禁物らしい。「願力」の力は確かにすげーが、絵を歪めて使い物にならなく「しやすい」のも確か。必勝の信念こそ有害、どこかで聞いたような噺。
仮に描くなら明確な設計思想とEnhanceのしやすさを備えろっつーことなんだろうか。一歩づつ地に足をつけ、少しづつ形を変えつつも、一定期間見ていないうちにいつの間にか別物に進化。これEvolution。Revolutionにはしばしば大混乱あるいは不発がセットで付いてくる。
ケータイの世界にRevolutionを起こそうとして世界制覇を目指すべく華々しくデビューを飾った「7ヶ月」が、比較的地味に立ち上がってきた「1ヶ月」にあっさりと抜き去られたのはその筋では有名な話。
Evolution。太古の昔から着々と、延々と営まれつつも、これといって目立つことはあまりないながらもこのところ手を換え品を換え、時には言い回しも換えながらも注目を浴びつつある。これからのキーワードになりそう・・・なんてことを書くと鬼が笑うというのは昔から良く聞く咄。
今回はいくつ「(笑)」を出したんだろうか。鬼が笑う前に自分で笑ってどうする(笑)。