なくても生きていけそうなもの

市ヶ谷駐屯地からの引っ越しまで残すところ1ヶ月。平日仕事土日農作業なんて生活を続けていると、普通ならば土日にまとめてやってしまえるはずの掃除洗濯もちと時間の使い方を工夫しないとななかなかできない困難なお仕事になってくる。当然どこかに体力回復の時間もしっかり入れておかないといかないので、ちと早いような気もするが既に準備開始。
こんな調子なので夏休みなどあるはずもなく、時間の組み立てが立派なパズルの問題になってしまうから不思議。せっかく解いても(解けたように見えても?)所々で力つきてバタンQということもあるので、なかなかうまい答えが見つからない。最近バタンQの回数が増えてきたかなってそれは単に夏バテの類かも。


最近、時間の組み立てと並んでもう一つ頭を悩ますのが家財道具の整頓。思えばン年前、大学入りたての頃はチャリもコミコミで単身パックに入ってなおかつ若干の隙間も出来るくらいだったはずなのに、年月が経って寮からアパートへ移る頃にはなぜかバン2~3台分にまでふくれあがり、この春信州の某アパートを出た頃にはトラック1台分にまで成長された。同年代の学生さんの荷物に比べりゃかなり少ないという話だが、それを割り引いても大変育ちのいいお荷物なことで。
・・・もっとも、寮(共同生活)からアパート(単身)へ移る際に家財道具をかなり調達したのがその原因だが・・・。
よく似たことは一時期小松基地へ赴いていた親父殿も(そこを引き払う際に出た荷物の一部は信州の某アパートに住む際にも活躍していたりする)、最近引っ越し希望の某友人も経験している。青森の北にあるとかいう某金沢県富山村(?)もある実家だけの特殊な話ではなさそげ。
引っ越すたびに荷物が育つのはなぜなのだ?
ここでお袋様のありがたい(人によっては眠くなる?)回顧録。
かなり昔大阪は枚方に住んでいた時期があったが、大都会はもちろんのことその付近・・・この場合知っている人があんまりいない土地かナ・・・で住んでいるとなんだか寂しくなってくるんだと。お財布以外のところが。加えて勝手が違うものだから生活リズムも狂いっぱなしでどことなく不便は感じたとか。特に初期は。
そこで癒しを求めてあれを買い、便利を求めてこれを買い・・・なーんてことをやっているといつの間にやら物が増えてしまっているという寸法。衝動買いや買いだめの時のような急激な物品の増加がないってと頃がやっかい。しかし引っ越しの時にトラックの台数や段ボール箱の数で見てみると、意外ながらも確実に増えている。
よほどしっかりとした意識を持っていない限り、防止は困難とみえる。
よくよく考えてみると、信州にいた頃にあったもののうち季節物をさっ引くと半数近くはほとんど使っていなかったような気がする。ってことでこの春に信州→市ヶ谷と移動した際に間が数日あいたのでその間に5秒ほどじっくり考えてはいるものと振り分ける、を繰り返しているとトラック1台分の荷物が見事単身パック1つ分にまでまとまってしまった。
自炊がほぼ不可能になることまで予測できていればあと2割は確実に減らせたことだろう。惜しい!
アパート暮らし時代の家財道具をそこまで削りまくって大丈夫かなとも思ったが、それでも生活物資にはあんまり事欠いていないんだなこれが。
ものがなくても使い回しかたや組み立てかた1つで何倍にも活用できてしまうとはまさに目から鱗。いろんなものが溢れるこの大都会で見つけたパズルの解は、自分にとってはかなり意外な物であるとともに、大きな物だった。
・・・とこんな感じで調子ぶっこいていると、数年後何かの拍子で烏山の新居を引き払う際にまた荷物の山を前に首をひねっているかもね(^_^;;