Milky Blue Forever(Part 4)

一通り乾杯の後についにきました「ニコラシカ」コール。昨年の教訓からジャンボサイズの「スーパーニコラシカ」はあまり出なかったが、それでも飲む人は飲みまくっていた。自分で作ったカクテルをのみつつ、ニコラシカを作る。何杯作ったやら・・・
1時間ほど飲み食いした後で地獄の撤収作業開始。なぜ地獄?
会場だった喫茶へ持ち込んだ設備を研究室へ持ち帰る。程なく大部分の設備は会場から消えていた。つづいて床掃除。この床掃除こそ撤収作業の地獄たる所以。去年は床掃除のタイミングが早すぎたおかげで床が泥だらけになっちまったという苦い経験があるんだなというわけで、念には念を入れて拭き拭き。


そして初日に予め撮っておいたデジカメ写真を下に、喫茶のテーブル配置などを復元。退避させていた備品なども元の場所へ。3:00頃には無事終了した。そのころまだ一部の店では打ち上げが続いていたらしく、一気コールが鳴りやまない。
一旦研究室へ戻る。あらかた撤収は終了したため、主だったメンバー以外は家路についた。朝までがんばるぞと意気込んでいた面々も、一部を除き睡魔に倒される。
もう一つの地獄がここから始まる。
4:00。一度寝てしまうと朝からの片づけには起きられない位の疲労困憊していた一同は、この日行われていたアジアカップの決勝戦や深夜の通販番組を見ながら時間を過ごす。が、それも4:30あたりには終わってしまい、しょうもない雑談をしたりしながらひたすら耐える。
6:00。月曜日のテレビ番組が始まる。眠気はピークに。もうすぐ空が明るくなることを信じ、ひたすら耐える。私も紅茶(ブランデーなし)で眠気を紛らわす。決まった時間に流れる「今日の占い」を待ち望みながら耐える者も数名。
7:30。後少しで撤収開始。一部の人はうとうと状態。今寝てもたぶん仮眠で済むだろうということで、起こさない。
そして8:00。撤収開始予定時刻を迎える。残ったのは6~7名といったところ。仮眠を取っていた人たちを起こして会場へ向かい、机などの備品を返却したり、びんなどのゴミの始末に入る。私(ぢつは3年連続場所取りの責任者なのよん♪)は別行動で会場であった喫茶の撤収作業の最終確認へ向かう。立つ鳥跡を濁さずの実践はきびしいッス。
で、備品の確認などがあったのだが、お掃除の方はパーペキとのお褒めの言葉が出た。いや~、うれしい限り。貸したときよりもきれいになっていたとかで、喫茶のパートさんたちは驚いていた。
・・・が、撤収作業は不十分だったらしい。忘れ物が数点。なくなっていたものはなかったのでまあよしとしておこう。今年の撤収は高い点数を付けてもいいと思う。で、忘れ物の中にはどういうわけだかケーキがあったんだなこれが。後で聞いてみると、ホールで接客をしていた面々が、客(知り合いらしーけど)から頂いたものだったとか。
こうして3年目の「Milky Blue」は撤収を含めて幕を閉じた。私にとってこのイベントは今年で最後。故に「Milky Blue Forever」なのだが、来年度以降ははたしてどうなるかな?
会場である喫茶メモリーは毎年生協関係者がかかわっている出店団体にのみ貸し出す事になっている。これまでどういうわけだか私のいる研究室のは生協関係者がよく集まることもあって、「Milky Blue」の前身「Shrink Ray」も含めて数年にわたりその場所で店を出すことができたのである。が、関係者は今年で卒業のため全くいなくなる。
まあ、代わりの場所はいくらでもあるのでカクテルバー自体を出すことは可能だろうけど、ほんまに今年が「Milky Blue Forever」になっちまわないとも限らない。そこら辺は後輩達のやる気に期待することにするか。・・・するしかないね。
そういう心配はあったが、3日間やり終えた充実感の方がもっと大きい。そんな充実感に浸りながら通常営業を始めたばかりの喫茶メモリーで入れたてのコーヒーを一杯。
と、そこへ喫茶のパートさんが袋を持ってきた。中身は大量のライムとレモン。どうやら忘れ物がまだ残っていたらしい。
あららららららら・・・・・(おわり)
Rec/Mix:2000-11-04