Until last moment

ある意味最悪の事態を想定して礼服を積み込んで実家に赴いたが、それは杞憂に終わったようだ。体調を崩して検査入院していたところに脳梗塞を発症しそのまま継続入院。通常であればまず助かるまい。処置が早かったためか、はたまた軽症だったのか、程なく言葉を発するまでには快復したという。
翌日、当初の予定通り実家の大掃除を行った後、病棟の祖母を見舞う。
病室に入るなり、開口一番「兄妹仲良く」「自分はすぐに死ぬ」「早く自分を自宅へ連れて帰れ」と切り出し、以降その言葉を繰り返すのみ。曰く、それが遺言であると。訪れた人の姿と名前は粗方認識できるようだが、口から出る言葉はそれのみ。私は苦笑いを浮かべるしか無い。


布団から出ていた右手は、タオルと包帯の様な物でベッドに繋がれていた。妥当というより的確な判断だ。一時期、老人ホーム等で拘束が問題になっていた時期もあったというが、これまでの祖母の行動を鑑みるにつけ、やはりそうなったかという気がしてくる。
脳梗塞の影響なのか、返事は右耳でしか聞き取れないようだ。最早摂食排泄共にままならないのか、点滴等のチューブやケーブル等がベッドから多数伸びている。発音も少々おかしい。あれが精一杯、もしくは必死に伝えようとしているのだろうと思うにつけ、反応に困ってしまう。
約半月前に畑に出ていたところを目にしているだけに、急激に痩せ細った現在の姿が俄には信じがたい。が、今、私が目にしているのは紛れもない現実。その行き着く先は粗方絞られている。
当人および周囲も含めて幸というべきか不幸と言うべきかがわかるまでには、少々期間を必要とするようだ。
予想は悪い方にしておくもの、とはよく聞くが、このぶんでは最も嫌な形で生き存える…気がする。いや、その一部は既に親父のぼやきとして実体化し始めているのだが。自分の親をも「あんなもの」呼ばわりさせるに十分な何かが。

Last Updated on 2006/11/18